「居酒屋甲子園」というイベントがある。私も知らなかったので、YouTubeでいくつかの動画を見て、吐き気がしたので、ほどほどでやめておいた。
全く気持ち悪いイベントだ。が、それは観る人によって感じ方は異なる。感動、共鳴する人も多いのだろう。
特に、純な若者は危ないといえるかもしれない──。
「居酒屋甲子園」はNPO法人「居酒屋甲子園」が主催するイベントだ。外食産業の活性化を目的として、全国の居酒屋を多角的に評価していく。但し参加できる店には資格があり、20席以上、客単価が2000円から5000円ということだ。
そして1次から3次までの予選が行われ、地域別の上位6店が決勝進出するというシステムだ。
そして決勝戦では20分のプレゼンテーションが行われるのだが、この様子が不気味なのだ。
居酒屋で働く若者達が、情熱任せに「ポエム」と揶揄される詩的な単語を連発して思いを語る。見て居ても聞いていても、表現は悪いが吐き気を催す内容だ。
どうみても、ブラック企業で劣悪な条件で酷使されているのかもしれない若者達が、洗脳されたのかどうか分からないが、夢を熱く語るのだ。
その口から出る言葉は、「夢」「仲間」「愛」「希望」「勇気」「絆」「笑顔」といったもので、これが「ポエム」と揶揄された。
そのポエムを1月14日のNHK「クローズアップ現代」が取り上げたのだ。ずばり「あふれる"ポエム"?! 〜不透明な社会を覆うやさしいコトバ〜」という特集だった。
残念ながら番組自体の動画がアップされていないが、「居酒屋甲子園」の動画はYouTubeでいろいろとアップされているので、そちらをご覧いただきたい。
「夢があるから熱くなれる!」などとステージで絶叫する若者を見て居ると、もはやプレゼンではなく、新興宗教の信仰告白だ。
そして番組では焼き肉店で「煙にまかれてみんなハッピー」と店主の思いが看板に書かれていることや、「子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例」といった熊本県人吉市の条例が紹介されるなどし、これらの言葉について指摘した。
「前向きで優しい言葉だけど、意味がちょっと分からない詩(ポエム)のような言葉」
確かにあちらこちらで見かける。余り気にしてはいなかったが、指摘されると、なるほど増えている様にも感じる。
そしてそのポエム多様の代表として、「居酒屋甲子園」が取り上げられたのだ。
「居酒屋甲子園」では、毎年「日本一の居酒屋」を目指す1000以上の店がエントリーするという。
そして前述の通り、予選を通過した店の店員達が、決戦会場で5000人ほどの聴衆を前に、居酒屋で働いていることの「夢」や「誇り」について、例えば金髪の若者たちが絶叫するのだ。
「夢は一人で見るもんじゃない! みんなで見るものなんだ! 人は夢を持つから熱く! 熱く生きれるんだ!」
「今の自分は嫌だ!みんなから愛される店長になりたい!」
なにやら気味が悪くないだろうか。そしてこれらのスピーチを聞いている「仲間」の店員達も涙を流し始める。しかもこの「●●甲子園」は他の業界でも行われているという。
また、会場で絶叫している言葉だけでなく、現場でもポエムは使われている。
「BE HAPPY」
唄のタイトルでは無い。これは、ある九州の外食チェーンの「企業理念」だ。バカじゃ無かろうか、と思うが本当の話だ。客を幸せにして、社員も(たとえ薄給でも労働時間が長くても)幸せになろう、というなにやら搾取する側には都合の良い洗脳の様に思える。
店の皿やトレイにも「感謝の心に幸せ宿る」などと書かれていて、至る所にポエムがあり、現実の酷い労働条件から目をそらせようとしているようだ。つまり、「金じゃぁないんだ。労働時間なんかじゃぁないんだ。大切なのは愛や情熱だろう?」と。
番組で取り上げたある店の27歳の男性従業員は洗脳されているのか、はきはきとして仕事を「楽しい」と言うが、調べてみたら1日の労働時間は16時間を超え、年収は250万円だそうだ。
しかし彼は給料日はテンションが上がる(私なら下がる)と言う。なぜなら、給料と一緒に上司の手紙が添えられているからだと。そこには次の様に書かれている。
「まだまだ一緒に明るい未来を作っていくぞ!」
ふざけるな! と破り捨てるかと思えばさにあらず。嬉しくなって「よし、頑張ろう!」と思うらしい。
そして番組はネットでの反響を呼んだ。
「やりがい搾取というか、連帯感搾取という感じだ」
「まるでヒットラーの手法を連想してしまったこれは俺の勘違いなのか?」
「それだけの意気込みと団結力があるならば、労働組合を作り、雇用環境の改善に努めるべきであろう」
「違和感通り越して戦慄を覚えた…」
「『部活の悪い面』が、そのまま社会人若年層に持ち込まれているような」
「愛も幸福も希望もそんな声高にぎゃんぎゃん主張するものじゃないと思うんだ」
「居酒屋甲子園は『20世紀少年』の『ともだち』の集会みたいに見えて本当に衝撃を受けた」
さて、取材に協力したNPO「居酒屋甲子園」側は、NHKの番組内容に衝撃を受けた。
「やべぇ、せっかく若者達を洗脳して上手く搾取していたのに、ばれちゃうじゃないか」
とは思ったかどうか分からない。これは私の勝手な想像である。
しかし「居酒屋甲子園」は15日に、理事長名義で関係者への「報道に関するお詫び」という文面を同ウェブサイトに掲載した。
まず、NHKが「ポエムの力で説明放棄」「ポエムで何かを隠蔽する」「若者をごまかすための言葉遊び」といった報道をしたことに対し異議を唱え、関係者には、
「このような報道になったことは誠に残念であります。居酒屋甲子園に参加頂いた参加店舗様およびサポーター企業様、業界活性化の他団体の皆様、関係者の皆様には、多大なるご迷惑をお掛けすることになりましたことを、心からお詫び申し上げます」
と謝罪した。が、どうしても私には「本当の事がばれちゃって、すみません」と読めてしまう。
番組に出演した甲南大学準教授の阿部真大氏は言う。
「一見すると異様で騙されているようにも見えるが、彼らの労働状況を考えると『そう思わないとやっていけない』というのも事実」
なるほど。しかし苦言も呈している。
「『やりがい』に重きを置くのではなく、搾取されないよう労働者としての自覚を持つことが大切だ」
これがまた「居酒屋甲子園」側には「ヤバイ」発言だったろう。
また、同じく出演者のコラムニストの小田嶋隆氏は警告する。
「ポエムの言葉の内容は読み手の読解力に委ねられている。読み手の側で同調していくという、求心力になっている。(だが、その結果として)現場では、同調できない人間は排除する力になってあらわれてしまうのではないか」
取材に協力した「居酒屋甲子園」側は、NHKにそそのかされたと言う。
「低温世代といわれる若者たちのこころをどう動かすか、その取り組みの様子を取材したい」
なるほど、それで「居酒屋の素晴らしさや働くことの尊さなどを伝えられる」と考えて協力したそうだ。
やられたな。
ただ、私は気持ち悪いが、働いている本人達が、ポエムで気持ち良く働けているのだと感じているのであれば、それはそれでいいじゃないか、とも思ってしまう。