2013年07月03日

故ヨハネ・パウロ2世が聖人に。異例の早さ

2日、ローマ法王庁の関係者が明らかにしたところでは、故ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が聖人に列せられる見込みなのだという。

具体的には、2日に聖人候補について審査する委員会で投票が行われており、そこでヨハネ・パウロ2世が起こしたという二つの奇跡が認定されたらしい。

この段階まで来ているのであれば、後はフランシスコ法王が承認をすれば正式に聖人に列せられることになる。

ヨハネ・パウロ2世がローマ法王になったのは1978年で、2005年に死去された。驚くべきは僅かその6年後には「福者」となっている。

福者になるにはやはり1つめの奇跡が認定される必要があるが、これは前ローマ法王のベネディクト16世が2010年に認定していた。

このときの奇跡は、フランスの修道女のパーキンソン病がヨハネ・パウロ2世によって治癒されたというものだ。この修道女は、奇跡が起きる前日の晩に、鉛筆でヨハネ・パウロ2世の名を記していたのだという。

そうなると、信仰心の無いわたしなどは、「ああ、病は気からの極端な例だなぁ」などと無粋なことを思ってしまう。

そして2つめの奇跡が認定されたため、いよいよ聖人となる。この2つめの奇跡は、詳しく公表されていないが、2011年の5月のことで、コスタリカ出身(イタリア北部在住と言われている)の女性が枕元に立ったヨハネ・パウロ2世の姿を見ただけで病気が治癒されたというものらしい。

ただ、死後8年で聖人になるのは近代以降最速らしい。

それにしてもヨハネ・パウロ2世の人気は高い。彼の葬儀が行われた際、集まった人々からは「今すぐ聖人に」との声が上がった。

いつ聖人にするの? 今でしょ! ってな具合だった。

しかし通常教会法では、死後5年を経なければ、奇跡に関する業績の調査は行われないのだ。それがこの早さとなったのは、やはりヨハネ・パウロ2世の人気なのか、それともこれ自体が奇跡か。

通常、聖人に列せられるのは、死後数十年から数百年を必要とする。あのジャンヌ・ダルクは聖人に列せられるまでに489年かかっている。

あるいは、低迷するカトリックの布教活動や、信者離れに影響があるのか。あの人気があったヨハネ・パウロ2世を聖人に列することで、人々を引き留めようというのか。

ところで聖人に列せられることを「列聖」と言うが、この対象となる人物は、キリストの教えに忠実に生き、信徒の模範となる人物であることが条件だ。

しかし、世界中のカトリック信者でキリストの教えに忠実な人などいるのか? そもそもカトリックの教えほどイエスの教えから乖離した宗教はないのではないか?──などと水を差してはいけない。野暮というものだ。

ちなみにカトリックが認定する聖人だが、他の宗派では認めていないところもある。

聖人を崇敬するのはカトリックの他に、正教会、東方諸教会、聖公会、ルーテル教会など。

ついでに述べておくと、聖人は「崇拝」されるのではなく、「崇敬」される。これは言葉の遊びみたいだ。実際に信者の行動や心理状態において、崇敬と崇拝が区別されているとは想像できない。

では、なぜ区別しているかというと、聖人を崇拝してしまうと、多神教になってしまうからだ。世界中のクリスチャンから熱い信仰の対象となっている聖母マリアでさえ、崇敬されていると言うのだ。どう見ても熱狂的な崇拝をうけているのだが、キリスト教はあくまで一神教だからだ。

話を戻そう。聖人を認めていないのは、プロテスタントの多くの宗派。特に改革派教会とアナバプテスト系は聖人を否定している。

そして聖人を認める宗派にとっては、聖人は人々の祈りを神に取りなしてくれるという立場だ。神に直接祈ってはいけないのかしらん? といちいち突っ込んではいけない。

と、茶化しているようだが、私はこのカトリックのいかがわしさが好きだ。多神教的だし偶像崇拝的だからこそ、多くの信者を獲得し、芸術も生まれた。

何より自分が歳をとって驚いているのは、「キリスト教もいいなぁ、イエスの教えも心にしみるなぁ。」などと思うことが多くなった自分の変化である。



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