2013年06月24日

北朝鮮の開城遺跡地区が世界遺産に決定。ついでに金正恩第一書記を天然記念物にしてはどうか。

日本では富士山の文化遺産登録で沸いているとき、お隣の北朝鮮でも開城(ケソン)遺跡地区が世界遺産に登録されることが決定して、沸きに沸いた。

開城(ケソン)遺跡地区は高麗王朝時代の都だ。

23日、ユネスコの世界遺産委員会はこの北朝鮮の遺跡区を世界遺産登録リストに登録を決定した。

開城遺跡地区は韓国との国境に近い。ここを都としていた高麗王朝は、10世紀から14世紀に繁栄した。

世界遺産委員会はこう、評価した。

「開城歴史遺跡地区は、高麗王朝の支配根拠の地を代表する遺産で構成される。この遺産は統一された高麗王朝が思想的に仏教から儒教までの時期の政治・文化・思想的価値を内包している」

これで北朝鮮には、2004年に登録された高句麗古墳群と2つの世界遺産が登録されたことになる。

開城遺跡地区に含まれるのは、開城城壁の5つの区域と、満月台(マンウォルデ)と瞻星台(チョムソンデ)遺跡、開城南大門、高麗成均館(コリョソンギュングァン)、崇陽書院(スンヤンソウォン)、善竹橋(ソンジュクギョ)と表忠閣(ピョチュンガク)、高麗王陵(コリョワンルン)など。

この内、王陵に墓主が分かっているのは王建陵(ワンゴンルン)や恭愍王陵、高麗29代忠穆王(チュンモクワン)の墓である明陵(ミョンルン)だが、墓主が明らかになっていない墓郡も含まれている。

北朝鮮の代表団は、登録決定が決まると、当然のことながら国旗を掲げて、

「万歳(マンセー)」

と声を上げた。

しかし開城市が高麗の首都として栄えていた頃のことを思うと、「万歳」などと素直に喜べまい。

何しろ高麗時代の開城市の人口は70万人だったとされているのだ。文化も華やかで、ペルシャ、インド、中国、そして日本から多くの証人達が訪れて商品や文化の交流が行われていた。

しかし現在の開城市はどうか。人口は半分以下の約30万人だ。当然、文化交流などない。なんとも落ちぶれた物である。

しかも北朝鮮の遺跡に詳しい人々は、例の朝鮮半島共通の習慣として、またしても日本に対してケチを付けている。

なんと、墓主が明らかにされていない王陵があるのは、日本のせいだというのだ。

つまり、植民地時代に粗暴な日本人達が、墓を破壊し、盗掘し、石碑を破壊したからだ、というのだ。

「墓の盗掘など日帝が犯した文化遺産に対する破壊・略奪行為は、朝鮮民族の文化と歴史さえも徹底的に抹殺しようとした悪らつな蛮行の一部に過ぎない」

と、遺跡のガイドは言う。

なーんでも日本のせいだ。悪いが、日本には墓荒らしの風習は無い。墓荒らしの伝統があるのは、中国とそのまねをした朝鮮人だ。

恐らく墓荒らしをしたのは、朝鮮人か中国人であろう。

それより私は提案したい。

いまだに共産主義を掲げ、世襲制の独裁政権を保っている世界にも珍しい北朝鮮と、その頂点にたつあの妙にもち肌のデブ、いや失礼、金正恩第一書記を、天然記念物にして、檻に入れて保護してはどうか。



posted by しげぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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