2013年01月20日

迷走する日本維新の会。「船頭多くして船山に上る」にならないか?

19日、相変わらずまとまりの無い日本維新の会は、今度はいよいよ党の代表者を二人立てることにした。

現在代表代行の橋下徹大阪市長を代表にすることに決定したのだ。ただし石原慎太郎代表はそのままなので、二人を共同代表にするという。

これはあからさまな夏の参院選対策だ。しかし代表を二人にしたかたといって、支持率が倍になるわけではなるまいし。なんだか滑稽だ。

しかも日本維新の会はいまだに石原慎太郎氏の太陽系と橋下徹大阪市長の大阪系が混ざれずにいる。却って分離するきっかけを作ることになりはしないか。(個人的にはそれを歓迎するが)

橋下徹大阪市長は都内での党会合後の記者会見で述べた。

「東京、大阪という二つの拠点で党運営していく。東京一極集中を分散化する意味もある」

相変わらず印象論が好きな人だ。政党を一極集中しなければ、ただの分離ではないか。

いつもの様に、抽象的で何を言いたいのか、何をしたいのか全く分からない。橋下徹大阪市長というのは、庶民に心地よくあるいは新鮮に響きそうな言葉選びをしているだけの男だ、と私は思っている。

そして参院選対策をちょろっと述べた。

「みんなの党の力も借りたい。みんなは改革志向を通している。二大政党制を前提としているいま、野党が分かれているのは絶対得策じゃない」

それは戦略としては分かる。しかし日本維新の会のような政策が曖昧(太陽系と大阪系が併存している)な党が二大政党の一躍を担うなど国民にとっては迷惑だ。そもそも「維新」だの「改革」だのといった意味の無い印象的な用語を振り回している政党など信用出来ない。

特に橋下徹大阪市長が信奉している新自由主義あるいは新古典派的な経済政策は、格差拡大とデフレ悪化を促進するだけの政策だ。現在の日本には有害である。

そしてもう一人の代表の石原慎太郎氏に至っては、何をしたいのかさっぱり分からない。官僚さえ潰せばよいのか?日本の優秀な事務方である官僚は潰すべきでは無く使いこなすべきなのだ。

その石原慎太郎氏は言う。

「夏の参院選は日本の政治を根底的に変えるきっかけにしなければいけない。そのために力を出していきたい」

所謂「グレートリセット」と呼ばれる考え方だ。このグレートリセットが好きということだけが二人の代表の共通点かもしれない。

要するに、現在の日本社会の停滞感を払拭するために、一旦原爆(象徴としてのね)を堕として焼け野原とし、全部チャラにしましょう、という恐ろしく幼稚な思想だ。が、長くなるので、ここでは深入りせずに先に進める(気力があったら、後ほどしつこく触れるかも…)。

参院選に向けて橋下徹大阪市長を代表にしたのは、彼のメディアを利用した国民扇動力を期待しての事だろう。

要するに我々国民は舐められている。しかし、実績として、日本維新の会においては、国会議員が太陽系が14人であるのに対し、大阪系は40人もいる。

それだけ橋下徹大阪市長の発言が国民を扇動出来ているという実績なのだろう。

とにかく日本維新の会としては、夏の参院選で自民・公明が過半数を確保することを阻止したい。そしてそれは、恐ろしいことだが可能性はある。

橋下徹大阪市長のグレートリセット論に、閉塞感の強い国民が踊らされやすい常態にあるからだ。つまり、集団催眠もしくは集団ヒステリーを起こしてしまう可能性がある。

ただ、この2頭体制が徒になる可能性もある。何しろ先ほどから述べているように、太陽系と大阪系には溝がある。まとめられずにいるのに、さらに船頭多くして船山に上るといった常態を作りかねないからだ。

なるほど橋下徹大阪市長がメディアに露出する機会を増やせば、人気取りに成功するかもしれない。しかしそれは同時に大阪系をますます強くし、太陽系を追いやる可能性もある。

そもそも日本維新の会がこの度の衆院選で反省しているのは、第3極が乱立してしまったために、自民・公明に圧倒的議席を取られてしまった事である。

そのため、こんどこそみんなの党などと選挙協力をせねば成らない。

ただ、もう一つ反省点があることを忘れている。それは、大阪側の一部がいまだに主張していることだ。

つまり、「石原氏と組んだのが間違いだったのではないか」という考えだ。

私はその懸念は当たっていると考える。何しろ土壇場で全く主義主張の異なる太陽の党と組んだときは、「はぁ?日本維新の会って何やってんの?」と呆れたからだ。

恐らく同じように感じた人々が、それまで日本維新の会を支持していた人々の中にも多かったのでは無いだろうか。そして彼らの票は流れたと思える。

政治評論家の浅川博忠氏が面白いことを指摘している。

「共同代表は分裂の引き金になる。石原氏個人はスターだがチームをまとめる力がないうえ、いまは燃え尽き症候群のようになって意欲が落ちている。橋下氏は国会議員ではないのが弱点だ。どちらも党をグリップしきれないのでは」

面白いところを突いている。

さて、ここまで書いて長くなりすぎたと思ったのだが、やはり少しは触れておきたいのが日本維新の会という「宗教団体」が教義としているグレートリセットの危険さだと思った。

そこで少しだけ触れておきたい。

当然、私が批判する対象は、日本維新の会の教義を最も色濃く主張している教祖の橋下徹大阪市長の主張になる。後のメンバーは、橋本人気に便乗しただけの雑魚である。

橋下徹大阪市長が得意なのは、長いデフレで閉塞感を持つ国民に対して、

「既存政党や既存の制度が悪いのですよ。もうこりごりでしょう?こんなもの、ぜーんぶぶっ壊してしまいましょうよ。そうです、一旦リセットすれば、新しい社会が築けるのですよ!」

という幼稚な発想だ。ゲームじゃ有るまいし、リセットすれば良いというのは乱暴だ。

我々は、少なくともこれまで試行錯誤しながら築き上げてきた社会のシステムを「改善」する事はあっても、「破壊」してはならないだろう。

もう少し具体的な話を出来るかもしれない。うーむ、例えば「道州制」についてはどうだろう。

日本維新の会は道州制を導入することで、地方交付税交付金を廃止するとしている。これは、各県の県庁所在地の機能を剥奪し、州都(と呼べば良いのか?)への一極集中を行うことになる。例えば関西州であれば大阪だけが栄え、地域社会を破壊する。

実は前例がある。これは京都大学の藤井聡教授が指摘したのだが、北海道という例だ。まさに北海「道」だ。

北海道という道州制を導入する前は、根室、函館といった大都市に地方政府機能が分散されていた。しかし道州制が導入されると、札幌だけに一極集中し、人口も北海道の4割(!)が札幌に集まってしまった。そして函館や根室といった分散されていた地域が凋落していった。

おまけに財源が地方に移管される(交付税の廃止)と、どうなるか。例えば関東や関西といった人口が集中している州であれば財源は豊かかもしれない。

しかし四国や九州は衰退するだろう。日本内の地域格差を増長してしまう可能性が高い。

また、橋下徹大阪市長自身が首相になりたいがための「首相公選制」も恐ろしい。

何が恐ろしいって、橋下徹大阪市長が立ち上げた日本維新の会がこれほど躍進してしまう国民の選択が恐ろしいのだ。

国民は、経済政策などの主張よりも、扇動的な感情論や抽象論を語る橋下徹大阪市長を支持してしまう可能性が高い。この程度の民度の国民が「人気」で首相を選んでしまったらどうなるのか。

ただ、これは考え方で、「首相公選制」にすれば、国民がもっと勉強するかもしれない、という淡い期待もできなくは無いが…。

次に「スリムで機動的な政府」を実現し、「プライマリーバランスの黒字化」を主張している。

もはや狂信だ。

デフレやグローバル化が進んだ場合は、どこの国も「大きな政府」を必要とすることこそグローバルスタンダードだ(嫌いな言葉だが)。また、政府の黒字化というものは、第一目標に掲げるべきでは無い。そんなものより重要な目標が政治にも政府にもたくさんあるからだ。

たとえ赤字であろうとも、まずは国民経済を豊かにし、国防を強化する必要がある。政府がまるで民間企業のように、己の利益を追求するなど、恐ろしいではないか。失業率が高まろうが、自殺者が増えようが、国防機能がずたぼろになろうが、黒字を追求するのだ──そんなことを平気で口にしているのが橋下徹大阪市長だ。

そして極めつきの思考停止状態が、「無駄な公共事業の復活阻止」という主張だ。

そもそも利益が出る事業なら民間に任せれば良い。利益が出なくても「必要」だからこその公共事業だという基本的なことを忘れた日本維新の会の連中は、自宅を一歩出た際に、道路を使ってはならない。なぜならその道路は間違いなく赤字であり、料金所も設けていないからだ。

また、地震・洪水・津波などから国民を守るインフラは、間違いなく赤字でも良いのであって、これらから利益を取ろうなどと考えたら、恐ろしいことになってしまう。

つまり、簡単にいってしまえば、日本維新の会は、政府を(まるで企業のような)利潤追求体にすることで、国民を殺しても構わない、と言っている様なものだ。

また、「地方公務員も含めた公務員の総人件費削減」を主張しているが、その根拠が印象論でしかない。「公務員は悪だ」というものだ。

この様な抽象論や感情論は、国民受けする。確かに、不況でボーナスが廃しされたり、減俸にあったりしている国民(私のことだ)にとっては、ボーナスが出るだけでも公務員が憎い。確かに改善すべきところは多いだろう。

しかし、本当に公務員は多すぎるのか?先進国で比較すれば、日本の公務員は(国民一人当たりの人数としては)最低で頑張っている。ドイツ・アメリカの約半数、フランスの約4割程度だという。

しかも公務員を削減したら、その瞬間に発生する失業者をどうするのだ?

彼ら新自由主義者は馬鹿だから、セイの法則によって失業者は存在しないとしている。次の仕事に就くから大丈夫だというのだ。

そこには最低賃金の保証や、人の適性は全く無視されている。セイの法則によれば、失業者が存在するのは、需要供給曲線の交差点を無視しているからだという。つまり、供給(失業者)が多ければ、全員が雇われるまで賃金を下げ続ければ良いというわけだ。

その証拠に、橋下徹大阪市長はかねてより「最低賃金の保証制度を無くすべきだ」と恐ろしいことを主張している。

それだけでも吉外沙汰だが、さらに人はどんな職業にでも就けるという前提がある。前日まで銀行の融資担当者が失業しても、大工の人手が不足していれば、そこで働けるし、前日まで削岩機を操って日々の糧を得ていた人が失業しても、クラウドサービスのエンジニアが不足していれば、そこで働けば良いではないか、というのが彼らの考えだ。

正気な人間の考えることでは無い。

そして教育改革、社会保障改革、TPP推進もどうようだ。もう、長くなりすぎているし、これまでも書いてきているので、具体的には触れないが、これらは社会を不安定にするだけだ。

最後に、橋下徹大阪市長が2006年に出版した『まっとう勝負』に明記した言葉と、週刊文春集2012年2月16日号に掲載された言葉と、それらと比較するために亀井静香氏が石原慎太郎氏から新党結成を呼びかけられて断った時の言葉を紹介して今回の投稿を終えたい。

まず、橋下徹大阪市長の言葉。

「政治家を志すっちゅうのは、権力欲、名誉欲の最高峰だよ。その後に、国民のため、お国のためがついてくる。自分の権力欲、名誉欲を達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければならないわけよ。....別に政治家を志す動機付けが権力欲、名誉欲でもいいじゃないか!....ウソをつけないヤツは政治家と弁護士になれないよ!嘘つきは政治家と弁護士のはじまりなのっ!」

「ディテールとか細かいことは考えていない。今の政治はわかりやすいワンスレーズだ。(馬鹿な)有権者にわかりやすいワンフレーズで選挙に勝って、力を握ることが大事だよ。」

そして比較して欲しいのが亀井静香氏が石原新党への参加を断ったときの言葉。

「オレが国民のため、日本のためにオールジャパンでやろうと言った時には断っておきながら、今になって何サマのつもりだ。アンタが今やろうとしていることは、国民のためじゃない。それこそ我欲じゃないか。政治家というのは、国民のために己を殺すものだ。アンタは間違っている。オレは合流しないぞ」

これでも橋下徹大阪市長を国民は支持するのであろうか…。



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