2012年03月22日

西アフリカのマリ共和国でクーデターが起きている。

21日、西アフリカのマリ共和国の首都であるバマコで軍部隊が反乱を起こした。マリ共和国は西アフリカ随一の民主国家と言われていただけに、衝撃が走っている。国連も警戒中だ。日本もウラン(まぁ、当面使わないかもしれないが)を輸入するなど、無関係では無い。

軍の部隊は大統領府を攻撃し、警護隊とは激しい銃撃戦を行った模様だ。国防相当局は、ロイターに対して、

「クーデターの試みだ」

と伝えているという。

またフランスの公共ラジオの報道によると、トゥーレ大統領は大統領府内にいるらしい。軍部隊が国営テレビ局並びにラジオ局を攻撃したため、放送も中断した。

軍はこれまで、マリ共和国北部で独立を目指して蜂起した遊牧民トゥアレグ人の反政府勢力と戦闘を続けていた。現在も続けているが、軍側の武器が不足したことに対する不満がクーデターのきっかけとなったという。

ところで、一方でマリ軍が戦闘を続けている反政府勢力も手強い。実はそこにはリビアでカダフィ政権側として闘った戦闘員達が、大量に武器を持ち帰って合流しているためだ。持ち帰った武器は高性能なものだという。

そのため、マリ軍は、政府に武器の補給を要請したと思われる。

もう少し調べてみたい。

この軍の反乱は21日に首都からは約15キロ離れたキャンプ地で始まったという。キャンプ地にいたのは、前述したトゥアレグ人の反政府勢力である「アザワド解放民族運動」と交戦中の部隊だった。

この部隊が、武器の補給など、政府に対して不満を募らせていた。そこで、就任したばかりのサディオ・ガサマ国防相がキャンプを訪問したのだが、弾薬を求めた兵士等にたいして、国防相は満足できる解答をしなかったらしい。

すると兵士達は、空砲を撃ち、抗議を始めた。この抗議がエスカレートして、兵士達は首都に向かい、まずは国営放送局を占拠したという。

しかし、そんな衝動で行う様なことではない。おそらく、計画があったのではないかと思われる。

国営放送局を午後4時半頃に占拠した軍は、午前0時になると、「兵士達による宣言」を放送することの予告を行った。

一方、大統領府では激しい銃撃戦が行われた後、さすがに警備隊より強い軍が大統領府を制圧した。同時に閣僚達の身柄を拘束したと発表した。

その後、拘束されたと思われていた大統領が、脱出に成功したと伝えられているが、今のところ確認できていない。

マリ共和国は1960年に独立したが、同時にトゥアレグ人の反政府勢力との闘争が始まっている。トゥアレグ人はサハラの遊牧民であり、マリ共和国の北部に集中している。

既に触れたが、このトゥアレグ人は、リビアでカダフィ側として戦闘に加わり、戦闘の経験も積んだ。また、マリに戻る際に、高機能な武器を大量に持ち帰った。そのため、マリ軍は彼らとの戦闘で苦戦していたようだ。

この戦闘により、マリ共和国には最大20万人の避難民が出ている。

マリ軍はトゥアレグ人の反政府勢力に兵士を拘束されたり、殺されたりしているため、政府のバックアップをより強化するように要請していたが、満足のいくバックアップは得られなかったようだ。

その結果、政府への反感を募らせた。

皮肉なのは、現在のトゥーレ大統領自身、この軍の出身で、1991年にクーデターによって当時のムーサ・トラオレ大統領を追放している。

それが今度は軍に攻められる側になった。この4月で2期目の任期を終えるところだった。

さて、マリ共和国について少し見ておきたい。

海の無い内陸国だ。西はモーリタニア、北はアルジェリア、東はニジェール、南はブルキナファソ、コートジボワール、南西にギニア、西にセネガルと接している。

国土の多くが乾燥地帯だ。特に北側の3分の1はサハラ砂漠の一部である。

体制はその名の通り共和制であり、大統領制の立憲国家だ。この大統領派国民の直接選挙で選ばれる。

議会は一院制だが、政党は複数存在する。この体制はアフリカでは貴重とされている。

産業としては鉱物資源が豊富である。前述したウランは日本との独占契約になっている。

農業も綿花とピーナッツがあるが、そもそも砂漠が多いため、出荷量は安定していない。外務省のホームページを見ると、バッタの被害も大変らしい。

結局、国内の産業が豊かでは無いため、国民の多くがコートジボワールやフランスに出稼ぎしているという。

この度のクーデターは、アフリカの新たな火種になる可能性があるだろうか。注目したい。



posted by しげぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
多くの日本人には違いは問題ではないかもしれませんが、訂正させて下さいね。

>既に触れたが、このトゥアレグ人は、リビアで反カダフィ側として戦闘に加わり、、

反カダフィ側ではなくカダフィ側です。

Posted by maimai at 2012年04月05日 00:27
maimaiさん、コメントありがとうございます。

大変失礼しました。改めて情報の裏を取り、確認の上で訂正いたしました。

ご指摘ありがとうございました。

また、お気づきの点がありましたら、ご助言ください。

よろしくお願いします。
Posted by 管理人 at 2012年04月05日 22:07
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。