2011年05月07日

マスコミが黄門様と持ち上げる渡部恒三民主党最高顧問の演技力

「黄門様が菅直人首相に活をいれてくだすった!」

などと、マスコミの一部は渡部恒三民主党最高顧問(78歳)を持ち上げている。

4月29日、11年度第1次補正予算案の審議の席で、菅直人首相が4月19日に谷垣禎一自民党総裁に副総理兼震災復興担当相の席を餌に、電話一本で大連立の要請をし、断られたことについて叱ったからだ。

渡部恒三民主党最高顧問は苦言を呈する。

「私なら自民党本部に行って谷垣総裁に手をつき『国のため、あなたが首相になってください。私は副総理でお仕えします』と言った。そうしたら谷垣総裁も断れなかった」

そして、復興対策には「謙虚な姿勢」で臨めと叱った。

こんなことを、マスコミが持ち上げた。さすが天下の黄門様(渡部恒三民主党最高顧問のこと)だ。いくら相手が首相でも、叱るときは叱ってくださる。溜飲が下がる。

マスコミはこぞって幼稚園児か。

まぁ、このことは実はどうでも良い。小さな茶番だ。問題は原発に関するもっと大きな茶番だ。

渡部恒三民主党最高顧問は大根役者としてマスコミの期待に応えるかのように涙ぐみながら福島の原発事故被害者たちへの同情を演じて見せた。

全く政治家も伊達に歳はとらない。渡部恒三民主党最高顧問クラスになると、金も利権も地元民の心もマスコミの好感も権力も、そして少しくらいの演技力も持ち合わせてしまう。

渡部恒三民主党最高顧問は菅直人首相に向かってどの舌が、という台詞を吐いた。

「(福島第1原発周辺の)地域の人たちは、『東京電力』に協力したんじゃありません。国策だから、協力してきたんです」

しかし「国策」だと言って、さらに「原発は安全だ」と言って福島県民を騙したのは、他でも無い、渡部恒三民主党最高顧問だということを棚に上げている。

それに対して菅直人首相は答えた。

「一義的にはそうした東京電力に責任があることは言うまでもありませんけれど、原子力発電所を推進するという立場で取り組んできた国の責任も免れるものではない」

この言外には、「おまえもどの面下げてそんな台詞が吐けるんだ?」と遠回しに言っている様にも感じられる。

渡部恒三民主党最高顧問の演技は続く。自分の地元の福島県民のことを示して、

「(彼らは)国策に従って40年耐え続けてきた」

いや、本当は耐えてなどいない。何しろ原発は「安全だ」と安心していたであろうからだ。その安全神話は他でも無い、渡部恒三民主党最高顧問が与えてきたものだ。

そして、原発が建設されることで、地域には莫大な金が転がり込み、地域住民もそれを享受したのだから。

だから、「耐えてきた」のではない。「安心して」きたのだ。

しかし渡部恒三民主党最高顧問の演技は続く。

「いま、故郷を奪われようとしている(福島第1原発周辺の)方々を見ると、泣けてくる」

さすがにその辺りの若造俳優などより年期が入っている。カメラに捉えられることを計算して涙ぐんだりもできるのだ。

政治家に主演男優賞があればノミネート間違いなし。

そしてこの審議を受けて、「夕刊フジ」では渡部恒三民主党最高顧問に独占インタビューをしたと誇らしげだ。まるで渡部恒三民主党最高顧問こそ現代の黄門様で、この国難の導師たると言わんばかりだ。

(インタビュー全体が掲載されているサイトはこちらです↓)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110502/plt1105021653000-n1.htm

そのインタビューでも渡部恒三民主党最高顧問は、自分の演技に酔った余韻に浸りながら答えているから笑える。

あまりにばかばかしい部分もあるので、一部だけ引用したい。

まず、地震による地元福島県の被害について語る。

「地震があったとき、私(渡部恒三民主党最高顧問)は東京にいた。『大きな地震だ』とは思ったが、まさか、あんなことになるとは…。ともかく、津波の被害がすごかった。故郷・福島県のいわき市や南相馬市などを回ったが、本人に何の責任もない人々の命が奪われ、先祖から受け継いだ家や財産を流された。いまだに涙が止まらない。あれは100年に一度じゃない。1000年に一度の大災害だ」

そして原発の事故について語った。

「原発周辺の人たちは40年以上、国家のエネルギー政策に協力してきた。首都圏の人々の生活のため、産業に欠かせない電力確保のために、じっと我慢し続けてきた。ぜひ、これは知ってほしい。菅直人首相には真っ先に『今度はわれわれが恩返しする番だ』と言ってほしかった」

繰り返すが、「我慢してきた」というのはいかがわしい。福島第1原発周辺の人々は、我慢してきたのではなく、安心してきたのではないか?さらに原発を誘致したことでその地域には莫大な金が流れ込み、雇用も増える。

そう、渡部恒三民主党最高顧問が原発は安全だと繰り返し言い続けたからだ。

そして風評被害について語る。

「私の生まれ育った会津は原発から60キロ以上離れているが、風評被害で何も売れない。昨年つくった米や日本酒まで売れなくなっている。関係ないのに。温泉旅館もキャンセルばかりだ。どうか、福島に来てほしい」

風評被害かどうかは、誰が決めるのか。確かに昨年作った日本酒や米まで売れないことは気の毒だ。だが、どこからが放射能汚染されているか、厳しい検査が必要だ。

むしろ、「風評被害に惑わされている人々は愚かで被災地に冷たい」というムード作りこそ深刻な風評被害だ。国民は、より安全な食料を選ぶ権利がある。また、国は、政治家は、その権利を守る義務がある。

国民の身を守る権利を、風評被害に惑わされているものとして責めるのは政治家にあるまじき行為ではないか。

そして図々しくも東北の人々の気持ちを代弁者として語る。

「(東北の人々は)グチを言わないところはある。ただ、原発事故については、東京電力や政府に怒っている。故郷で生活できなくなり、仕事も奪われたのだから。東電の清水正孝社長は事故直後、体調不良で1週間も姿を消していた。組織のトップとして恥ずかしい。はってでも出てきていたら、被災者の気持ちはここまでひどくはなかった」

その東京電力とべったり癒着していた地元の政治家は誰だっけ?たっぷりと東京電力の組織票や献金で潤ったのは誰だっけ?今の渡部恒三があるのは東京電力のおかげではなかったか?

以上、「夕刊フジ」の独占インタビューから引用させていただきながら、コメントさせていただいた。

さて、このように渡部恒三民主党最高顧問は地元福島県の人々が福島第1原発に耐えて暮らしてきたことに同情し、その事故の被害に遭っていることに憤って見せている。

ここで、その渡部恒三民主党最高顧問が自民党時代から通産族議員として原発について語った有名な語録を一部紹介したい。ネット上からたくさん拾える。福島県民には刺激が強すぎるかもしれない。

「原子力発電所を造れば造るほど、国民の健康は増進、長生きし…」

「私はエネルギー問題を解決する最大の課題は原発の建設であるとの政治哲学を持っている」

「原子力発電所の事故で死んだ人は地球にいないのです」

福島第1原発の被害に遭っている方々にはあまりにひどい内容なので、思い出させたくは無いのだが、騙されてはいけない、とも言いたい。

渡部恒三民主党最高顧問の選挙区である会津には、12カ所も水力発電所があるが、それらはいずれも東京電力の管理下にある。

そのため、渡部恒三民主党最高顧問は早くから東京電力と濃い関係にあったとされている。

そして、県会議員だった1960年には、なんと福島県を原発用地として提供することを申し出ているのだ。まさに現在の福島第1原発の事故の遠因を作った張本人ではないか。

石油危機の後、世間が石油依存に頼りなさを感じているまさにそのとき、先の語録に見られるように、原発こそ推進すべき輝ける日本発展の推進力であるとして運動したのが渡部恒三民主党最高顧問だ。

しかも、原発立地自治体に金が流れ込むように(勿論自分もその利権にあやかるように)電力会社から税金を吸い上げる仕組みとして「電源3法交付金」の制定に力を注いでいる。

福島第1原発だけではない。福島第2原発や柏崎刈羽原発の用地買収にも関与している。

「原発をやらないと、21世紀のエネルギーは確保できない。政治生命をかけてもいい」

そう自著にも記しながら、ついに1991年、通商産業大臣として原発行政の頂点に立った。

しかも渡部恒三民主党最高顧問の凄みは、つい昨年もこのたびの福島第1原発事故をよりやっかいな事態に至らしめる原因を作っていることだ。

それは、福島第1原発のプルサーマル計画を承諾したのが、渡部恒三民主党最高顧問の甥である佐藤雄平福島県知事とやはり子飼いの増子輝彦前経産副大臣だったという事実だ。

渡部恒三民主党最高顧問の涙は、このたびの審議の主演男優賞ものだったことは認めたい。ただし「政治生命をかける」ことは止めたようだ。





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東電の影に隠れて舌出す人々。
Excerpt:  東電の鉄面皮社長が、被災地で袋叩きにあったようだが、ま、むべなるかなってところ
Weblog: くろねこの短語
Tracked: 2011-05-07 11:33
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