2011年04月03日

村を救ったコンクリート。公共事業の重要性が報道されない

以前このブログで、このたびの東日本大震災からのいち早い復興には国債の発行によるべきであり、どさくさ紛れの増税は、さらなる津波と成って国民を打ちのめすで有ろうことを投稿した。

『復興国債はありえない政策なのか』(3/19)
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/191440543.html

さて、現在の民主党は超緊縮財政というデフレの時期には正気とは思えない経済政策を指向している。また、困ったことにそれを糾弾すべき最大野党の谷垣禎一自民党総裁は、こともあろうに目が踊っている菅直人首相に復興増税などを囁き続けており、民主党が掲げた「コンクリートから人」なるおよそ経済政策的にも国民の安全を守る政策上でもおよそ正気とは思えないスローガンに援護射撃を行っている。

この人たちは、国民をなぶり殺しにするつもりである。そして政権の提灯記事を書き続けるマスコミも、この増税と公共事業悪事論をオーム真理教の教祖が信者に同じ恐怖を繰り返したように、国民に向かって繰り返し続けている。

果たして、国民は、洗脳された。

さて、そのようなマスコミは、このたびの東日本大震災の惨状を報道しつづけているが、なぜか「コンクリート」のおかげで助かった事実を避けている。

そこで一つの例を紹介したい。

岩手県は三陸海岸の北部に人口が約3000人ほどの普代村(ふだいむら)がある。ここにも10数メートルの津波が襲いかかった。

しかし、この村の人々から死者は出なかった。そして集落も守られた。普代村漁業組合の太田則彦氏はそのときの様子を恐怖と驚嘆をもって振り返る。

「高台から見ていましたが、津波がものすごい勢いで港に押し寄せ、漁船や加工工場を一気にのみ込みました。バリバリという激しい音がして、防潮堤に激突。みな祈るように見ていましたが、波は1メートルほど乗り越えただけで、約1000世帯が住む集落までは来ませんでした」

そう、この村を襲った津波は、集落を襲うことなく押しとどめられたのだ。

そこに何があったのか。

東北一と言われる堤防と水門だった。共に15.5メートルの高さに作られていた。

この堤防が巨大な津波から普代村の人々を見事に守り抜いた。ただ一人行方不明になった男性がいたが、彼は港の船を見に行ったために津波にのまれたのだ。

全長130メートルの堤防は、集落の住宅も全て守り抜いている。

そして村の北側には川があり、津波はここぞとばかり川を圧倒的な破壊力を維持しつつ上ってきた。

しかし、ここにも既に全長200メートルの水門があり、これが見事に川を遡ってきた津波を跳ね返した。そしてその先にあった小学校を守り抜いている。

一方、普代村の隣には人口約4000人の田野畑村があり、そこにも防波堤があったが、高さが8メートルだった。この高さの徹底ぶりの違いが命運を分けた。

田野畑村を襲った津波は、その堤防を乗り越え、533戸の全半壊を出し、40人の死者もしくは行方不明者を出してしまった。

普代村に作られた15.5メートルの堤防が村を守り抜いたこととは対照的となった。

この普代村を護った防波堤と水門はどのようにして作られたのか。

普代村には悲劇の経験がある。1896年の明治三陸大津波だ。このとき、死者もしくは行方不明者を1010人出している。その後、1933年の津波でも約600人が死傷している。

その悲劇を繰り返してはならない──戦後に和村幸徳村長が決意したのは、津波から村を守ることだった。

和村幸徳村長は県に要請を続けた。ひたすら続けたという。その結果、この度の津波から見事に村を守った堤防と水門ができた。1970年のことだ。

しかし当時はこの「公共事業」は好意を持たれなかったようだ。

防波堤が当時の金額で約6000万円、水門が約35億円という巨大な公共投資となったためだ。

村役場住民課の三船雄三氏は思い出す。当時の人々は口にしたという。

──そんな無駄な金、他のことに使えばいいのに。

──そんな大金かけてまで作って、ここまでの高さは必要なのか?

多くの批判が出たという。

しかし、その公共事業が、そしてまさにコンクリートが村を守った。

今では堤防に手を合わせる人や、故人となった和村幸徳村長の墓に線香を上げる人が絶えないという。

和村幸徳村長の多くの非難を浴びた努力は、現在、感謝を伴って称えられている。

いかがだろうか。「コンクリートから人」などというスローガンは、決して人を守ることはできない。公共事業を悪事と見なし、何でもかんでも削っていては、国民の安全を守れないこともあるのだ。

必要な公共事業はどんどん遂行すべきである。

また、新たなコンクリートだけでなく、既に我々の経済活動を支えているコンクリートにもそろそろメンテの必要な時期が来ている。

先月の27日、たちあがれ日本の平沼赳夫代表は、香川県高松市での公演で重要なことを語っている。

「日本の鉄筋コンクリート建造物は耐用年数を迎えている。手直しする財源を確保するため、建設国債を非課税無利子で発行し、償還期間を60年、80年、100年にすればいい」

この対応は遅れてはならない。放っておいては日本中で事故や災害が起き、経済活動にも支障を与えるだろう。ぼけなす政権をさっさと退場させ、デフレ時に必要な経済政策を行える政権を樹立させねばならない。

しかし、国民にとっての悲劇は、この国難の時に、愚かな与党と悪質な最大野党を持ってしまったことだ。

平沼赳夫代表は続ける。

「手直しが必要な橋は全国で14万カ所あり、80兆円必要」

80兆円もかかるのか?──と思ってはならない。80兆円の有効需要があるのだと思うべきだろう。それがデフレ不況時の発想だ。

「東日本大震災の復興には少なく見積もっても100兆円はかかる」

おお、さらに100兆円の有効需要だ。そしてこれらのインフラの整備について平沼赳夫代表は述べる。

「インフラ整備は孫やひ孫への投資。思い切って建設国債を発行していくことが重要」

そう、インフラ整備は将来への投資なのだ。現に、我々は過去のインフラ投資の恩恵を受けている。

そして平沼赳夫代表は公共事業悪事論を批判する。

「(コンクリートから人への時代、などと言って)大切な公共事業を全部カットしたので、地方はシャッター通りばかり。中央と地方の間に格差が生じた」

平沼赳夫代表は言葉が足りない。格差の問題だけではなく、国民を災害から守る盾も失ってしまいかねない状況なのだ、ということも力説せねばならない。

しかし、公共事業悪事論や財政破綻論に洗脳されてしまった我々は思う。

──財源はどうするんだ?財政難で破綻寸前のこの国に、そんな余裕あるのか?

ああ、我々は洗脳されてしまった。思考停止だ。事実誤認だ。どうしよう。本当に狼狽してしまう。

ここに約800兆円の国民の預貯金の内、150兆円を超える金が行き先を失って死に金になっているという。そう、一切経済効果をもたらさない金として腐りかけている。銀行などに預けられている国民の預貯金だ。そのため国債は発行すればすぐに完売という有様だ。

つまり、国債による財源調達はたやすい状況にある。インフレリスクは日銀がいくらでも調整可能だろう。何しろハイパーインフレになるための条件である供給不足や需要過剰という状態とはかけ離れた超デフレだからだ。

そして緊縮財政によりデフレ不況を克服したなどという歴史的事実は無いが、財政出動により景気回復した例ならある。

それは先述投稿した通りだ。

『復興国債はありえない政策なのか』(3/19)
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/191440543.html





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