2日、エジプトのムバラク大統領は、今年9月の大統領選には出馬しない意思を表明し、混乱を収拾しようとしたが、この表明が却って民衆をたきつけてしまった。
民衆は、ムバラク大統領の即時退陣を求めている。しかし、ムバラク大統領が退陣すると、今度はエジプトの箍(たが)が外れた状態が表出する可能性がある。
というのも、先日このブログで、このたびのエジプト騒乱の背景を歴史から読み取ろうと試みてみた。
『エジプト全土にムバラク大統領退陣要求デモの背景:第一部』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183082938.html
『エジプト全土にムバラク大統領退陣要求デモの背景:第二部』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183086820.html
『エジプト全土にムバラク大統領退陣要求デモの背景:第三部』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183150487.html
『エジプト全土にムバラク大統領退陣要求デモの背景:第四部』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183159468.html
『エジプト全土にムバラク大統領退陣要求デモの背景:第五部』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183236111.html
『エジプト争乱に指導者が現れるか』
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/183328003.html
そこで見つけた気になる事実は、エジプトの共和制の開始は、親米・親イスラエル政策でもあった。と同時に、イスラム主義への弾圧でもある。そうしなければ当時の近代化(欧米化)は困難だからだ。しかし、この政策は同時に米国に支持されたムバラク大統領の独裁政権を生み出してしまった。
ムバラク大統領の近代化と経済政策は、数字上では一見成功に見える。それは外務省のサイトに掲載されている実質GDP成長率5.2%(日本は2.4%)に現れている。
しかし、いびつなことに物価上昇率は16.5%(日本は99.6%)と以上に高く、また失業率も8.8%(日本は5.1%)と高い。しかも20代の失業率に限れば、2割を超えると言われており、非常にいびつな格差社会が創造できる。
さて、ムバラク大統領が次回大統領選への出馬を行わない表明をしても、即時退陣を求めるデモは収まらずにいる。
「大統領が辞任するまでここを離れない」
デモを行う民衆の一人はインタビューに答えている。
野党勢力も大統領の即時退陣を求めている。そして野党最大勢力と言われているのがムスリム同胞団だ。
現在起きているデモを扇動しているのも彼らだ。
一方、大統領のいいなりにならない軍部は、むしろ民衆の仲間だとばかりの意思を示している。こちらも大きな勢力だ。素朴な民衆は軍部を貧しき民衆の友人であると信じているようだ。
しかし問題なのは、エジプトの軍部の背景には米国がある。米国の援助金無しにはこの軍部は維持できないからだ。米国はエジプト軍に年間15億ドル相当の支援をしていると言われているからだ。
まだデモのあいだでは、これまでムバラク大統領を支援してきた米国の旗を燃やすような動きは見られない。つまり、民衆は、現在のところ、あくまでムバラク大統領までしか見えていないのだろう。
そしてデモを煽り、ムバラク大統領退陣に追い込みをかけているムスリム同胞団はイスラム原理主義であり、反米である。
そしてややこしいことに、もう一つの勢力が、次期政権のリーダーの座に野心を持つエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長だ。彼はアメリカ国際法協会のメンバーでもある。
なんだか三つどもえの戦いが始まりそうではないか。軍部は何処につくかわからないが、少なくともイスラム主義のムスリム同胞団にはつかないのではないか。
つまり、現在のエジプトは、たとえ独裁政権のムバラク大統領が退陣したとしても、その後に控えているのは、まとまった民衆のための安定政権を作る準備を持った勢力ではない。
むしろ、イスラム主義と親米主義の戦いが始まる可能性がある。また、まだ見えないのは、今回革命の狼煙を上げたチュニジアのジャスミン革命の飛び火がどこまで広がるのか、というところだ。ことはエジプトだけでは収まらない。
エジプトは三つどもえと先ほど表現したが、おそらくはイスラム主義と親米主義の2大勢力の戦い、あるいはうまくいけば折り合いということになるだろう。
もっと単純化すると、エルバラダイ前国際原子力機関事務局長を支持するのか、ムスリム同胞団を支持するのか、という選択が待っている。そして軍部はどのように動くのか、というところも微妙だ。
ただ、米国は既に決めているようだ。彼らはエルバラダイ前国際原子力機関事務局長を支持するだろう。これはBBCのインタビューを受けたマーティン・インディク氏(米国の駐エジプト大使や駐イスラエル大使を歴任)がそのように発言していることから予想できる。
エジプトの貧しき民衆は、実はムバラク大統領を支援していた米国にすり寄るか、それともその反動でムスリム同胞団を支持して、イスラム主義に向かうのか。
一方、新ワフド党や左派の国民進歩統一党といった中道右派と呼ばれる野党は、貧しい民衆の支持を得られやすい立場にいるムスリム同胞団に警戒している。
やはりイスラム原理主義が台頭することを恐れているのだ。近代化や民主化に逆行する可能性もあるからだ。
ただ、本音かどうかわからないが、ムスリム同胞団の幹部であるムハンバド・ベルタギー氏は産経新聞の取材には「現時点では移行政権で閣僚ポストを求める考えはない」と答えている。これは疑わしい。
それでは民衆は無知か、というとそうでもなさそうだ。
例えば「平和変革への自由戦線」という若者たちのグループは、ムバラク大統領を批判し、デモの中心にいるが、彼らは「エルバラダイにノー、同胞団にノー」とどちらかに偏ることも拒否している。
米国の支援を得られるエルバラダイ前国際原子力機関事務局長も有力だが、貧困層に支持されている最大野党勢力のムスリム同胞団も強い。
やはりエジプトの明日を予想するのは難しい。